きょうのまみ助さん
魅力的で信頼できる人!
って言われる人は、
その人になんの得があるの?
っていうことでも
あなたを助けてくれたり
力になってくれたりします。
「それ、わたしになんのメリットが
あるの?」
そんな発想はせずに
困っている、
ただそれだけで
助けてあげるっていう人が
魅力的で信頼できる人だと
思うんです。
私利私欲のために動くのではなく
真心をベースとして動ける人。
人に避けられちゃう
嫌われちゃう、
って言う人は、
自分を守る姿勢が多く
自分が傷つかないように
自分の評価が下がらないように
自分に危害が及ばないように。
こういう感じで
人と接しているのではないかな、
なんて思います。
だけど、それは
人間本来備わっている、
防衛本能なので、
決して悪いものではありません。
だけど、この防衛本能の
奴隷になってしまったら
ダメだと思うんですよね。
信頼を育んでいける人と
信頼関係を壊してしまう人とは
その防衛本能の奴隷になっているか
いないか、の違いです。
自分を優先して考えているのに対して
相手を優先して考えている。
人のことを考えるためには
まずは自分のことを満たしてあげる
それが必須だ、とよく言われます。
自分が満たされているから
溢れ出すように
人のことも考えることができるのだ、と。
これがいわゆる
「シャンパンタワーの法則」です。
エネルギーは循環していかないと
人間関係は成り立たないように
なっていて、
循環しない関係って
すぐに崩壊してしまいます。
だから、
まずは自分が幸せになろう、とか
人から認められよう、とか
そういう考えは捨てたほうがよくて
常に目の前の人に
何か届けられないだろうか?
とか、
自分は目の前の人に何を与えて
あげることができるんだろうか、とか。
そういう視点で
人と接していくことって大事だと
わたしは思うんですよね。
今の世の中は、
人のことよりも自分のことを
自分のことばかり見るように
仕向けられています。
世の中どこをみていても
欲求を刺激するものだったり
自分が得をするような方法や
テクニックとかが
語られていたりだとか、
成り上がりの成功ストーリーとかが
演出がかって
ドラマのように語られていたりいます。
常に自分が勝ち組になりたいとか、
自分がもっとすごくなりたいとか。
SNSでもYouTubeみてても
やっぱり自分のことしか考えられない
そんな感じに作られています。
煽るっていうのでしょうか。
モノや能力がなければ生きていけない、
こうなったら幸せになるはず、的な。
確かにお金がなければ生きては
いけないのはもちろんですが、
そのために人の気持ちを考えずに
奪うようにお金をもらうような
循環の仕方をして推進してしまっています。
すべては自分に意識が向かうように
世の中の仕組みが作られてしまっている
そう思うのです。
きょうのわたし
なにを届けられるか、というような
大層なことはわからないんだけど。
確かに、いまの世の中、
自然に、普通に思いやるより、
自分を売り込むことにみんな夢中で、
何となく、ガツガツ。
わたしの昔のエピソードを一つ。
アメリカでは、事故でぶつけても、
誤ってはいけない、と聞いていたんですわ。
弁護士を呼びなさい、って。
でも、わたしさ、3回ほどぶつかった。
1回は、約束していた人が来なくて、
一人で前も後ろもわからない。
ニューヨークのど真ん中から、
車で帰らないといけなかったとき。
ものすごい混雑の中、
なんとか、暗くなる前に出ようと、
地図を見ていたら、ブレーキを踏むのが
遅れて、前の車にポチッとぶつかった。
どやどやと強面の黒人の人たちが出てきて、
超怖かった。
でも、ぶつかったのはこちらだし、
とにかくすぐに降りて、大丈夫ですか、と
聞いたら、首を押さえている人もいる。
こりゃー、まずい、と思ったけど、
とにかく、救急車を呼びましょうか。
どうですか。 と、全く自分の車は放って
おいて、相手の心配と相手の車の様子を
尋ねた。
その様子を見ていたのか、
「もう、行っていい。大丈夫」と
わさわさと車に乗り込んで、
去ってしまった。
みると、わたしの車のフロントガラスが
無くなっていた・・・
もう一回は、道路が凍っていた朝。
滑って、ブレーキが効かない。
前の車にぶつかることが
わかっちゃいるけど、止められない。
ま、スピードは20kmもないぐらいだったし、
まえの車のほうが大きい。
しかも、牽引用のでっかいものが
飛び出していて、
凹むのは、ワタシの車に決まってる。
諦めていたら、ゆるゆるぶつかった。
すぐに降りて、確認したら、
運転手の女性は、びっくりして泣いてる。
みると、後部座席に赤ちゃんが乗っている。
わたしは、それに驚いて、赤ちゃん、
大丈夫ですか、と心配していたんだけど、
女性は興奮して、自分のことばかり。
とにかく、警察と救急車を呼んで、
病院に行ってもらった。
絶対に、安否確認の電話を
自分でしてはいけない、
警察と弁護士に任せるように、と
周囲から言われたけど、
人情として心配だったので、
思い切って電話した。
そうしたら、その女性は、
すごく喜んでくれた。
大丈夫だし、安否の電話をもらったのは
とても嬉しい、と言われた。
結局、人ってやっぱり、理屈じゃないよね。
確かに、どちらのケースもラッキーで、
早々に自分から非を認めたことを
突っ込まれる可能性も大いにあったわけ。
だけど、実はそういうことって、
言われるほどでもなくて、
人はやっぱり、人として大切に扱われる
こと、認められることが嬉しい。
確かに、わたしは、わたしが大切。
でも、あなたがいないと
自分を大切にできない。
だから、あなたがとても大切。
ってほうが、シャンパン効果がありそう。
ところで、3回目にぶつかったのは、
畑の中のT字路。
車なんか、滅多に通らないので、
油断していた!
わたしの車が廃車になって、
相手はほぼ無傷。
いずれも、わたしはケガ一つせず、
ピンピンしておりました。